在佛法裡,有個詞叫做”逆境”。
▼做的事情全都事與願違,一切都不順利的時候。
▼遭遇突如其來的不幸或是災難時。
▼受到挫折,失敗,失意的時候。
這種時候,人都有想要拋下一切,躲起來消失的念頭。
【在這樣的逆境的時候,能以什麼樣的心態面對】
我想,這是人生當中非常需要好好思考的課題,因此在這裡我從佛法精神的角度,
分幾次來跟各位探討。
■這難道是做白工嗎?
我花了這麼大的精神力氣,卻得不到任何結果。
白費力氣了
好空虛。
感到無力。
有時候會陷入這樣的情緒當中。
▼拼命K書準備升學考試卻沒有任何成果,因而放棄上大學。
▼想要考取證照,卻因為家裡不支持而放棄。
▼或是拼命努力練習,卻當不上正式選手無法上場比賽的那三年等等。
在這種時候會有”所有的努力都是白費的”這樣自暴自棄的想法。
但是,這樣可以得到不知道多少乍看之下白費力氣的經驗;或是累積不知道多少沒
有得到結果的努力,
這何嘗不是人生的財產呢?
電影導演、劇本作家、演員、作家、音樂創作者等,這些在創作的世界中打滾的人,
就算有挫折也會說”好!我來把這些經驗還有心情寫下來,變成曠世巨作”
毫無疑問的,這將成為這些創作者的財產。
如果是想要在教育界發展的人,就會想說”希望能有一天,可以給失望的人們打氣加油
分享意見,所以現在我必須積極面對撐過去”而把這經驗變成自己的資產。
不,甚至是將來有了自己的孩子的時候,也許他會遭遇跟自己一樣的挫折,這時候必須
可以對孩子說”你老爸我是這樣撐過來的啊”,千萬不能在孩子面前漏氣。然後再對孩子說
”你也這樣撐過去吧”。我想,我必須現在做下以後可以成為孩子典範的決定。
"寒風中 凜凜撲鼻 梅花香"
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仏教に『逆境』という言葉があります。
▼やることなすこと裏目にでて、
物事が調子よく運ばぬとき。
▼思わぬ不幸や災難に見舞われたとき、
▼挫折、失敗し、失意のとき
こんなときはすべてを投げ出して
どこかに消えてしまいたいような気持ちになります。
【そんな逆境の際にどんな心の向きでるか】
人生における、極めて大切な心得だと感じますので、
仏教精神に基づいて
数回にわたって語っていきます。
■これってムダでないか?
こんな苦労して時間使ってやったのに
実らなかった
ムダな苦労だった
むなしい。
無力感。
そんな気持ちにとらわれること、あります。
▼受験勉強でも報われず
大学をあきらめたとか、
▼資格を目指したけど
家の都合であきらめたとか
▼猛練習したけど結局、
レギュラーに選ばれない3年間だったとか
そんな時に「ムダな苦労だった」と
投げやりな気持ちになりますが、
一見ムダと思える経験をどれだけしてきたか
実らなかった努力をどれだけ積んできたか、
これもまた人生の財産です。
映画監督、脚本家、役者、作家、ミュージシャンなど、
表現する世界に生きる人なら、
挫折はあっても、
「よし、この経験やこのときの心情を表現しよう」
となりますから、間違いなく財産です。
教育界に進む人なら、
「いつか失望している人にアドバイスできるように
ここは前向きに乗り越えよう」
と自分の資産となります。
いや、やがて生まれる子供だって、
自分と同じような挫折がある時もあろう。
そんな時、「お父さんはこうしたんだよ。」と
子供に恥ずかしくないような行動をとろう、
子供に「お前もこうするんだよ。」と
模範を示せるような決断をオレは今するんだ、と
考えてみたい。
「寒風や 凌いで香る 梅の花」